「sumomoさーん、レントゲン撮りますね」
「もう終わりましたよ」
呼びかけに重たい瞼を上げると、そこは自分のベッドでした。
その場でレントゲンを撮るのは聞いていたので、今はその段階なんだ、とぼんやり思い出しつつ、腋のリンパがどうしても気になります。
右手は握ったり開いたりは不自由なく出来るようですが、それ以上動かすことは出来ませんし、左手には自動血圧計、身体には心電図のパッドが付いていて、足は血栓防止のフットポンプが履かされていて、全身身動きは出来ません。
左側の耳元にはモニターが置いてあって、絶えず色々な音がしています。
手術後4時間は厳重な監視下に置かれるのです。
たくさんの看護師さん達がばたばた出入りする合間に、旦那と娘がひょっこり顔を出しました。
「いつの間にこっちに戻ってたかわからなかったよ(笑)」
こっちは顔に酸素マスクが付いていてなんともかんとも。
「転移はなかったみたいよ。でもリンパ節も取ったんだって」
喜びから一転、その一言でちょっと凹みます。
手術時間は当初予定の2時間から、結局3時間になりました。
旦那と娘は、担当の先生に私から取り出した「悪者」を見せて貰い、あれこれ説明を受けたようです。
……出来れば私も見たかったと思う、「悪者」の顔です(笑)
そう後で言ったら二人とも嫌そうな顔をしてましたが、マンモグラフィーの日から三ヶ月あまり、毎日毎日胸元でぐりぐりしていた、私の様々な平穏な日常のあれやこれやを根底から覆したヤツの顔くらい見てやりたいと…思いませんか?
暫くして、酸素マスクからチューブに替えられ、点滴の針も抜かれます。
看護師さんに仰向け状態が苦しかったのでそう言うと、左側の背中を少し上げて楽になるようバスタオルを入れて調節してくれました。
旦那も娘ももうすることがないのでそのまま帰って行きました。
耳元のモニターが煩くてうとうとも出来なかったものの、あっという間に4時間が過ぎ、身体に付いていた色々な物が外されました。
即座に行きたくなったのはトイレです(笑)
もちろん導尿していませんから自力で行かなければなりません。
「ゆっくり立ち上がって下さいね」
目眩も、ふらつくこともなく立ち上がることが出来ます。
麻酔ってこんなにもきっちりと切れるモノなんだと感心しきりです。
その夜の担当看護師は若いお兄ちゃんでしたが、そのトイレに行ったのが報告されていなかったようで、翌朝「sumomoさん、トイレに行ってないんですか?」と交替の人にびっくりされてしまいました。
いえ、ちゃんとトイレに行き、麻酔のせいで真っ青なおしっこを出してきましたよ(笑)
笑っていられないのがリンパ郭清とそこから出るリンパ液を抜くためのドレーンです。
入院中はトイレだろうと何処だろうと、そのリンパ液が溜まるポシェットを肩からぶら下げて歩かなければなりません。
火曜日に手術して、リンパを取っていなければ週末の土曜日には退院予定だったのに、それも週明けまでずれてしまいました。
翌朝やってきて傷の具合を見た担当の先生曰く「断端もセンチネルも術中検査ではシロだったんだけど、腋のリンパに触ったら嫌な硬さがあったから郭清したよ。病理の結果が出るまで約二週間」が、この後私の乳がん発見から今までの間で一番気の重い二週間になるのでした。